2023年2月25日土曜日

「優生思想」も創造主のシナリオですか?

【質問】20代男性
初めまして。いつも発信見させていただいております。

質問ですが、人の本能(優生思想)というのも創造主が考えたシナリオですか?

私は人間含め、全ての動物の生きる目的は子孫繁栄だと思っています。野生動物の世界では、厳しい自然界を生き抜くため強いオスがメスから求められ、弱いオスは子孫を残せず淘汰される現象がよく見られます。

この傾向は間違いなく人にも存在しており、相対的価値の男性(イケメン・高身長・金持ち等)は比較的モテ相対価値が低い男性(不細工・低身長・貧乏等)はあまりモテないという事実は紛れもないと思います。

そしてそれは相対的価値なのでどうしても序列が出来てしまい、女性に選ばれない男性が必ず発生してしまうのも紛れもない事実です(今の日本人男性は3人に1人が童貞というデータがあります)。

ならば性愛以外の分野で幸せを感じればいいという意見が出そうですが、性愛は子孫繁栄と直結しており人間という生き物の根幹にあたる部分なので、避けて通るのはほぼ不可能だと思います。

このように性愛の軸では資本主義と同じようにどれだけ頑張っても相対評価で除外されて淘汰される層が出てきてしまいます。このように絶対に幸せになれない人が確実に存在するのも創造主の意思でしょうか?それとも子孫繁栄や性愛の本能そのものがエゴであり、乗り越える対象ということでしょうか?他の方の質問と被る部分もあるかもしれませんが、回答を頂ければ幸いです。

【回答】2月27日更新
ご質問ありがとうございます。

我々に与えられた根本的な課題として(特に日本人は)愛というものを性愛とイコールであるかのように限定して考え、そして意中の人に愛されなかったり、恋愛対象からモテないというだけで、自分(の愛)には価値がないと考えるほどに他者評価依存になっているのです。

ただそれは我々に与えられた初期設定の課題「エゴ」であり、本当の愛というのは「森羅万象(=すべての存在・事象)に対する慈愛と感謝」なのです。

愛とエゴとは真逆の概念であるにも関わらず、多くの人が「愛」を「すごく好き」ぐらいの意味に捉えていて、「すごく嫌い」の対義語のように考えています。そうしてエゴを愛だと勘違いし、満たされないことに苦悩しているのです。このあたりの話は「欲望は悪いものですか?」で回答しています。

僕が愛について語ろうとすると、多くの人は「クサい」という感じの反応をして聞く耳を持とうとしませんが、それはその人の愛が腐っているからです。愛を醜いもののように感じてしまうのは、きっとエゴを愛だと勘違いしているからでしょう。

本当はすべての存在・事象が創造主なのであり、すべての存在・事象を許し愛することで創造主(=森羅万象)から愛を受け取れるのです。自分に都合の良いものだけを愛するのは赤ん坊でもできます。自分に都合の悪いものも、自分の魂の成長に必要だから与えられた課題なのだと感謝して受け取り、乗り越えて成長しようとすることが本当に大人になるということなのです。

あなたが愛を感じられないのは、自分に都合の良いものだけを愛そうとしているからだと思います。異性にモテない自分や他人は価値がなく不幸だと決めつけているようでは、すべての存在の根源たる創造主の愛を受け取れるわけがありません。あなた自身が心を閉ざしているから、世界はあなたに対して閉じているのです。あなたが心を開けば世界があなたに開かれます。これは僕が経験上確信していることです。

創造主は僕らの愛を求めて愛によって僕らを作ったのであり、自分や誰かの愛に価値がないと考え、この人生というRPGの設定に不平不満・文句を言うことはその愛と逆行することであり、不幸に導かれるのは当然なのです。そこに僕らは自発的に気づいて愛を無条件化していかなければならないのです。

僕らは世界を好き嫌いで二分することにより、その主体者としての「自分(自らの存在は他の存在と分かれたものであるという分離意識)」というものを実感しようという本能が与えられています。それがエゴの本質の一つです。

しかし嫌いなものが存在しなければ僕らは好きという感情も経験できません。そういう好き嫌い・喜びと悲しみのような相反する感情を感じ経験を積んで成長の喜びを味わえる存在として人生を与えらえれたことに自発的に感謝して森羅万象を愛することが大事なのであり、愛というのは好き嫌いや喜怒哀楽を超えたところにあるのです。そして自分自身が無意識に好き嫌い・善悪などで二元化してしまっている自分の認識世界を愛一元に変えていくことがこの人生というRPGにおけるみんなに共通したストーリー設定なのです。


>>人の本能(優生思想)というのも創造主が考えたシナリオですか?

そうですね、基本的には「生まれの格差について(陰謀論)」等に回答させていただいている通りです。この仮想現実RPGにおいてクリエイターが意図しない存在・出来事は一切ありません。そして本当は僕らも創造主の一部であり、記憶を消されているだけで、このシナリオの共通初期設定は僕らみんなの総意で作られているのです。自分で作ったRPGはすべてを忘れた上でレベル1から始めなければ楽しめないのです。

このRPGのシナリオにおける初期設定というのは全て解決すべき課題であり、人生という物語の伏線なのです。初期設定が完璧な真理で完全に幸せな世界であれば、それはもはやエンドロールであり、ゲームとして成立しませんので、我々に生きる意味はなくなってしまいます。

真理というのは初期設定の常識(思い込み)の中に巧妙に隠されているからこそ見つける喜びがあり魂の成長があるのです。ゲームにおいて初期設定は必ず課題(困難)を伴っているものであり、常識が間違っているのは伏線上当たり前のことなのです。

あなたは勝手に常識化していますが、僕らは子孫繁栄のために生まれてきたのではありません。もしそうなら結婚できない・しない人や、子供を作らない・作れない人には価値がないということになります。(それは確実に同性愛者差別ですよね)しかしもちろんそれは真理ではないのです。太陽も地球も人間もいずれは滅びることが確実なのに、子孫繁栄にそんな価値があると思いますか?そして子孫繁栄が目的のRPGなど見たことがありますか?

僕らは永遠たる魂の成長を経験するために生まれてきているのであり、意識している・していないに関わらず、主人公それぞれに用意された設定・課題・シナリオの中で修業し経験を積み成長を続けているのです。全知全能の創造主がちゃんと意味があって愛によって課題を与えてくれているのですから、創造主が我々にどういう成長を望んでいるのか愛で解釈し、感謝しながら乗り越えていかなければならないのです。

それなのにあなたはまるでその初期設定(常識)は変えられないということを前提にして、それを課題として乗り越えて魂を成長させることを放棄し、課題に対して不平不満を言っている感じがします。それはわき役NPCの典型的な思考なのです。ゲームの設定に文句を言う主人公ではゲームが進みませんし、映画の設定に文句を言う主人公では監督に愛されません。「愚痴・泣き言・不平不満」と「嘲笑」はシナリオ上「負けのフラグ」であり、自分を脇役NPCとして確定させる行為だと覚えておいて下さい。

人それぞれ自分を主人公とする、自分の魂のレベルに合ったシナリオ・カルマ(課題・経験)が与えられているのですから、他のプレイヤーと比べて難易度が高いからと言って不平不満を言うことはナンセンスなのです。レベルの高い生徒が通う学校ほど課題の難易度は高いのと同じであり、自分や他人に与えられた課題(カルマ)を比較して文句を言っているようでは成長するわけがないのです。創造主は我々に魂の成長を願って生んでいるのであり、その人に乗り越えられない課題など与えるわけがないのです。あなたがそれを信じられないのなら、あなたに信心が足りないということです。

この世界の初期設定(常識)である適者生存(≒弱肉強食)型の価値観を覆して共存共栄型の社会を実現して世界を救うのが主人公(メシア)であるあなた(=僕)の使命なのです。日々愛(真理)を実践し、ワンネス(あなた=私)であることにみんなが目覚める連鎖を起こし、無償で助け合い愛し合う社会を実現していくことなのです。

宇宙の仕組み」に書いた通り、あなたは客観的世界に住んでいるのではなく、夢の中と同じようにあなたの主観的世界に住んでいるのであり、あなたこそが主人公なのです。そしてあなたの世界はあなたの解釈(世界観)が作り出しているものなのです。あなたはまだそこが全く理解することも受け入れることもできていないのでしょうが、あなたの人生というRPGはすべからくあなた次第に作られています。

この世界が確率・偶然性に左右されていると考えるのは幻想であり、本当はすべてが0次元である創造主の意思とあなたの意思との相関関係で起きています。会ったこともさえない他人は完全なNPCであり(いわんや動物をや)、その不幸や悪事をニュースやデータから持ちだして創造主を恨み世を嘆くのはナンセンスです。それは環境設定・伏線のようなものであり、あなたはあくまで実際に出会った人(あなたの心の世界=仏国土の住民)を救うことに全力を注ぐべきなのです

この世界は愛と勇気を試すためのRPGであり、当然世界はそのためにあなたを脅して不安にさせ、また怒らせてきます。(様々なニュースやデータは基本的に人を不安にさせるために存在しているのです)しかし決してそれに屈してはいけないのです。本当は全て大丈夫なのに、大丈夫じゃないと思わせるのは愛と勇気を試すためであり、本当は何の心配も要らないのです。それを心配したり不平不満を言って感謝しないから、その不安・その世界観が現実化してしまうのです。鳥は蓄えもしませんが、明日の糧を心配して自殺する鳥はいません。天に養われ守られているのを確信しているからです。

あなたは初期設定(NPC思考)通りに適者生存の価値観を絶対的なものだと認識し、自分もみんなもそれに服従する以外にないと考えているから、実際にあなたの認識世界はそのようになってしまっているのでしょう。あなたには信心がないために、この世界を非常に表面的にしか見ておらず、この世界のすべての存在が支え合って関係性(因果・縁起)の中で存在している(共存共栄)ということに全く気付いておらず、殺伐とした適者生存の競争社会としてしか認識できていないのです。

優生思想の根拠になっているダーウィンの進化論は虚構です。あれは支配者層が「この世界は適者生存である」と自分たちの支配を正当化するのに便利だから常識として学校も社会でも常識(正義)として教えさせているのです。

進化論を信じるのは人間の無明(愚かさ)の最たるものです。遺伝子の突然変異で新種(元種と交配不能)が誕生するなら、たった一世代の間に寸分違わずピッタリ同じDNAの突然変異(しかも元種より進化的で環境に適応した変異)を起こしたつがいがお互いを見つけて惹かれあい生殖しないと無理なわけで、そんなことは天文学的確率でもありえません。実際そんな証拠は一つも見つかってないのに、世界中の雌雄異体の全生物でそれが起きたと考えるのでしょうか?

しかも地球上のほぼ全種で近親交配によるデメリットが生じるのに、たった一つのつがいから新種が広がっていくと考えるのは無理があり過ぎます。進化の中間種も一切見つかっていませんし、今の生物の系統はすべてカンブリア大爆発の時期に生じていることがわかっています。つまり最初から分けて創られたということです。

人間がたった数十数百万年の間に猿から進化したというのもあり得ません。「適者生存」が事実なら、なぜ今もたくさんの種類の猿が栄えているのか誰も説明できないでしょう。

この世に創造主が作っていないものなど存在しはしません。すべてが創造主の一部として形を現しているに過ぎないのです。仮想現実が自然・偶然に発生するなわけがありません。すべての存在の根源は創造主であり、この世界に存在意義のないものなど存在しないのです。もちろんあなた自身も、あなたが嫌いな人や価値がないと思う人たちにも。

あなたはまだ若く、性欲に振り回されている時期でしょうから、性愛や結婚を幸福の絶対条件のように考えてしまうのは無理もありませんが、そのように幸福を勝手に条件付けして自分自身だけでなく他人の幸不幸まで決めつけるような考え方が不幸の元凶なのです。あなたは覚りが開ける中で感じ取れる幸せというのを全く経験していないようですからわからないのも無理はありませんが、性的な快楽といういのは一過性のものであり、満たされ続けることはないのです。「性愛・結婚=幸せ」「それを得られない人は不幸(幸福から除外されている層)」などと勝手に決めつけるような考えがあなた自身の認識世界を本当に不幸にしているのです。

あなたの解釈・世界観があなたの認識世界(仏国土)を作っているのであり、あなたの人生という映画を作っているのです。ところが今現在のあなたの世界観は非常にネガティブで差別的で不安と不平不満と厭世観に満ちており、あなたの仏国土には住みたくない・同じ映画に共演したくないと深層心理で倦厭されていることが、恋愛に限らず人にも神々にもモテない根本的な原因であり、容姿や能力やステータスが直接的な原因ではないと思います。(落ち込まないで下さいね。それに気づいて直せば良いだけであり、それこそが魂の成長で、人生のシナリオの大事な要素ですので。)

因果は循環するものであり、あなたが本当に容姿や能力やステータスに恵まれないのだとしたら、それはあなたが世の中を悲観していて感謝の気持ちがなく不平不満と恨みで解釈しているからだと思います。僕自身も前はそうだったのでよくわかります。「自分は容姿が悪く何の才能もないから努力しても無駄だ」などと考えてネガティブな解釈をしているからこそ、努力する意欲もなくなりいつもネガティブなオーラを発して天の愛を受け取れず、才能からも素晴らしい出会いの運命からも見放され、ますますネガティブになるという悪循環を繰り返していたのです。

幸せの条件付けは不幸の根本的原因であり、ステータスなど表面的なもので条件付けして相手を決めるような女性はその時点で不幸決定のようなものなのです。そして世の中ステータスだけで相手を選ぶような女性ばかりではありません。あなたがそう解釈しているから、そう見えているだけです。フィーリング・人生観や世界観の一致の方を大事にしている女性があなたの周囲にいるように思えないのなら、それはあなた自身が女性を容姿やステータスなど表面的なものだけで判断しているからではないでしょうか?

異性というのは、あなたが心を開いてみんなとちゃんとコミュニケーションを取れる人なのであれば、あなたの現時点での容姿も能力もステータスも関係なく、創造主がちゃんとしかるべき相手と出会わせてくれてうまくいくようになっているのです。なのに出会いに対して心からの感謝の気持ちがなく、目の前の人を容姿や能力やステータスで判断して全力で愛さず、不平不満ばかり言い、世を嘆いてばかりいるから、すべての存在の根源たる創造主からの愛を受け取れないのでしょう。

どうしたらモテるか?」については旧質問箱で回答させていただいておりますので、こちらもご参考下さい。あなたはきっとモテる人をうらやんでいるのでしょうが、一度に結婚できるのは一人までですし、意中の人に愛されないならどれだけモテても意味がありません。そして自然体でモテるならそれは素晴らしいことですが、不特定多数にモテようとしてそれにより自分の価値を感じようとすることは日本の社会病理「他者評価依存」であり、それは目の前の人を全力で愛そうとしないことにつながり、きっと人生がうまくいかなくなると思います。

人の価値とは?」に書きましたが、人間の価値は能力ではなく存在なのです。能力を価値と考えるから「優生思想」のようなデタラメを真理と勘違いするのでしょう。

そして「嫉妬・劣等感で苦しい」で回答しましたが、自分自身が人間に優劣をつける考え方をしているから嫉妬・劣等感に苦しむことになるのです。「誰でも自信満々になれる方法」に書いた通り、出会った人を例外なく尊敬し・感謝し・許し・愛する努力を日々重ねていれば、嫉妬や劣等感に苦しむことはなくなります。常に正義より愛を優先する連鎖を目の前の人から起こし続けて世界を救って下さいね。

あなたは結婚や出産をまるで幸せの保証でも得ることのように考えている感じがしますが、結婚してもすぐパートナーとのセックスに飽きてセックスレスになったり、浮気などが原因で夫婦仲が険悪で、離婚したり一家離散状態になっている家庭というのはとても多いのです。結局性愛というのは一過性のものに過ぎず、それを幸せの本質であるかのように勘違いして追い続けても永遠に満たされることはないのです。そして結婚や出産に限らず何かの成功というのは、その人なりの成長を期待されて与えられる査定前の新入社員のボーナスみたいなものであり、その上にあぐらをかいて今まで以上の努力を怠ると、ボーナスが借金のようになって多大な利子付きで強制返済させられるのです。それは「離婚について」に書いた通りです。

今回ちょっと厳しい回答に受け取られてしまっているかも知れませんが、僕は常に100%の愛で回答していますし、あなたの幸せを心から祈っています。

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